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調布市の地域情報ポータルサイト ちょうふどっとこむ

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コウノトリがおしえてくれた  2008年04月26日


池田啓著

フレーベル館 2007年 1680円

 コウノトリが翼を広げて大空を飛ぶ姿が表紙をかざります。

 コウノトリは大正の終わりに国の天然記念物に指定されてから、昭和の初めにかけて但馬地方で幸せに暮らしてきました。しかし、田んぼに毒性の農薬がまかれ、水銀に汚染された食べ物を食べたコウノトリはどんどん数を減らし、昭和46年には完全に野生から姿を消してしまいました。

 最後のコウノトリの生息地となった兵庫県豊岡市で、もういちどコウノトリを豊岡の空に復活させるための活動がはじまりました。2005年9月24日に、「兵庫県立コウノトリの郷公園」で5羽のコウノトリが放鳥されました。豊岡市の大空にコウノトリが舞う姿が見られたのは34年ぶりのことでした。

 この本は郷公園と豊岡の人びとの50年間の活動の記録です。人間と生きものが共生していくことの大変さと喜びその両方を伝えてくれます。

 いま世界中でさまざまな生きものが絶滅の危機に追いこまれています。人間であるわたしたちは何をするべきなのか。コウノトリたちがおしえてくれています。

児童書おすすめの一冊。小学校高学年から中学生向き。

紹介:調布市立図書館 児童担当

■ 「コウノトリがおしえてくれた」を図書館で探す ■

反骨のジャーナリスト  2008年04月11日


鎌田 慧 作

岩波書店 2002年


 本書は十人の個性的なジャーナリストの活動に迫ったものである。

 「元始、女性は太陽であった」の有名な言葉を残した平塚らいてうは高級官僚の娘として育ったが、世間の常識に捉われることはなかった。女に教育は無用とされていた一般社会の中で、女だけで作った雑誌「青鞜」を誕生させた。森田草平との情死未遂事件で新聞沙汰になったが、そのスキャンダルにもひるまない玲瓏さを持っていた。若い時代より女性の人間性に目覚め、後輩の女性たちを先導した。与謝野晶子、伊藤野枝、吉屋信子、市川房枝などがあとに続いた。

 桐生悠々は「私は言いたいことを言っているのではない。言わねばならないことを言っているのだ」と、昭和十年代の非常時体制のころ、「関東防空大演習を嗤う」と新聞に堂々と書く。この一文は広く世に知られる。笑うでなく嗤うである。軍部、政府に対する痛烈な批判である。反軍、反戦の論説を張って一生をつらぬいた新聞人であった。

 齋藤茂男は徹底的に弱者の立場に視座を捉え、新聞記事によって人間を書こうと努力した。一記者として生涯をとおした。不敵な洞察の奥に、やさしい視線を失うことはなかったという。

 いずれ劣らぬ反骨のジャーナリストたちの闘いの記録である。ペン一本にこめた信念の熱さ、強さにジャーナリストの原点を見せられた思いで興味深く読んだ。

                               針布読書会       小林美代

読書会おすすめの一冊。

紹介:アカデミー愛とぴあ

■ 「反骨のジャーナリスト」を図書館で探す ■

調布市立図書館蔵書点検見学してきました*  2008年04月10日

写真 書架  2008年2月22日~26日は中央図書館蔵書点検日
「図書館って、お休みのときはどうしてるんだろう?」
って不思議に思っている方、多いのではないでしょうか。
今日はちょうふどっとこむの宣伝部長「くまっきー」が突撃取材してみました! 
写真 山のような本  「たくさん本がありますなぁ~。」
図書館の裏方ではいつも、
山のようにある本の整理が行われています。
なんと、中央図書館では書庫にしまわれているものを
あわせて約32万冊もの本があるんですよ! 
 写真 見慣れないもの 普段、なかなか入ることのできない
書庫には・・・

色々と見慣れないものや、

 
写真 新聞の縮刷版  新聞の縮刷版などがたくさんあります。

これは、クマッキーの生まれた年の新聞だったりします。 

写真 昔の管理カード 

「へ~、昔はこのカードを使って、大量の本の整理をしてたんかぁ。」

一昔前の整理の仕方を
教えてくれてくれたのは、図書館のK池さん。 
 写真 低い天井 さて、気になる(?)天井は・・・とても低いです。
小さなクマのクマッキーも
こんなところに登れます。
「1つの階を2階に分けてるから、こんなに低いんだそうな。」 
 写真 本を見るクマッキー 「ちなみに、さっき登っていたのは、火事のときに水が出てくるところなのさ。」
と、書いてある本ではありません。

『録音図書』といって、目の不自由な方が本を楽しめるよう、音訳する時につかう本です。
(テープやCDにします)

「聴いている人に、できるだけ感情や情景を伝えるために
読みのときの指示がたくさんこの本には書き込まれているんだぞ、と。」

 写真 整理作業中 図書館の皆さん総出で本の整理をします。 
 写真 コード読み取り中 図書館では、お休みの時に
こうやって本の整理をしてくれているから
たくさんの本を見つけて読むことができるんですね。

「本は大切にきれいに読むべし。」 

忙しいところ、取材させてくれた図書館の皆さん。
ホントにありがとうございましたぁ!

ブタとサツマイモ-自然のなかに生きるしくみ-  2008年03月25日


梅崎昌裕著

小峰書店 2007年 1500円

日本人にとって、イモとブタは、たくさんある食べ物のひとつに過ぎません。ところが、南太平洋の国・パプアニューギニアでは、イモとブタは暮らしや社会が成り立つための鍵なのです。ブタは、最高のごちそうであるとともにペットでもあり、狩猟の対象にもなります。また、主食であるサツマイモには数十の品種があり、右手と左手にちがう味のサツマイモを持って、ごはんとおかずにして食べたりします。

人類生態学の研究者である著者が、パプアニューギニアの村に滞在し、自然のなかで自給自足の生活をする人びとから学んだ「人間の生きる根源のしくみ」を問いかける本です。

児童書おすすめの一冊。小学校高学年から中学生向き。

紹介:調布市立図書館 児童担当

■ 「ブタとサツマイモ」を図書館で探す ■

  2008年03月09日


佐多稲子 作

學藝書林 1994年


 幾代が、上野駅ホームの駅員詰所の横でしゃがんで泣いている。亡くなったばかりの母親のことを思いながら泣いているのだ。

 幾代が、田舎から出てきて神田小川町の旅館に働きに出たのは一昨年の冬。その幾代に「ハハキトクスグカヘレ」の電報が届く。主人はそれを見て「今から帰ったって富山までじゃ、間に合やしないよ」と言う。追って届いた「ハハシンダ、カヘルカ」の電文にも「あんたが帰ったって、死んだものが生きかえるわけでもないしねえ」と、主人の妻は引き留めようとする。

 幾代は泣きながら身の回りの物と預金通帳を鞄につめて駅に来た。そして、しゃがんで泣き続ける。そんな悲しみの中にいながらも、幾代は出しっぱなしになっている水道に気がつく。そして、水道の蛇口の栓を閉めに行く。

 水を止めることは、それまでの生き方の流れを止めること、幾代が自分の不甲斐なさにくぎりをつける、できればそう思いたい。水を止めたあと、毅然とした態度でホームを歩いていく幾代の背中を見ることができたらと思う。が、その後も幾代は泣くことしかできない。前の場所に戻って泣き続ける。

 泣いている幾代に春の陽があたっている。まるで幾代を包み込むようなその光。その柔らかな光の中で、幾代はやがて立ち上がり、おぼつかない足取りであっても歩き始めるだろう。そんなことを暗示させる結びとなっている。

             多摩川読書会    青木笙子

読書会おすすめの一冊。

紹介:アカデミー愛とぴあ

■ 「白と紫-佐多稲子自選短篇集-」を図書館で探す ■

リボン  2008年02月25日


草野 たき作

ポプラ社 2007年 1300円

 主人公亜樹(あき)の中学2年の終わりから卒業までの1年間を描く。
亜樹が所属している卓球部には,純粋に卓球がしたくて入部してきた子と,帰り道が一緒になるサッカー部や野球部の男子と仲良くなって「彼氏持ち」になるのが目的で入部してきた子がいる。亜樹は卓球をやりたくて入った組だが,一緒にダブルスを組む美佳ら「彼氏持ち」が目的のメンバーともうまく調子を合わせてきた。

 しかし,美佳にダブルスのコンビを解消され,中学最後の試合もいいところがひとつもないままに終わってしまった。自分の押さえていた思いを,物静かな友人の藤本さんに吐き出したことから,気持ちを素直に表現することの大切さを知っていく…。

 部活も家族も友だちも「波風を立てないこと」をモットーに生きてきた亜樹が,さまざまな問題に突き当たりながら,すこしづつ成長していく姿がリアルに描かれている。受験の朝,好意を抱いていた男子に告白をする結末もさわやかな感動を呼ぶ。

児童書おすすめの一冊。小学校高学年から中学生向き。

紹介:調布市立図書館 児童担当

■ 「リボン」を図書館で探す ■

短編集「冬物語」  2008年02月10日


南木佳士(なぎ けいし) 作

文藝春秋 1997年


 作者は佐久総合病院の医師である。「冬物語」は、患者や土地の人々とのふれ合いを私小説風に綴り、十二の短編が収められている。

 標題の「冬物語」は、医師になって二、三年目ワカサギ釣りに熱中していた頃、釣れると教えられた場所で湖に落ちたところを、園田かよさんに助けられる。かよさんは、脳出血の後遺症で三年前から寝たきりの夫を抱えて、ワカサギ釣りで生計をたてている。夫の安男さんは、たしかに回復の余地はなさそうだが、意識ははっきりとしていて、「いい笑顔をたたえて」いる。その頃の作者は、治療の成否とは無関係に、死すべきものは死んでいく冷酷な現実に、寝付かれない日々を過ごしていた。かよさんを師匠としてワカサギ釣りに熱中するときだけが心が安らぐのだった。二月初旬の朝、かよさんの夫が亡くなる。死亡を確認した作者がみたものは、「不思議になごやかな臨終の光景」だった。

 三百余の死を看取ってパニック障害になった作者の、弱い者、心優しい者への共感ともとれる、人としてのやわらかなあたたかみが作品に充ちていて、静かなぬくみが読む人を包み込むように感じられる。と同時に、これはノンフィクションではない、小説であるなら、事実と虚構は奈辺にあるのだろうかと、探ってみたくなる作品集でもある。
 心萎えたときに読んでみてください。

             宮の下読書会          荻谷 美子

読書会おすすめの一冊。

紹介:アカデミー愛とぴあ

■ 「短編集「冬物語」を図書館で探す ■