『アーロン収容所』
投稿日:2010年12月10日冒頭で筆者は「これは終戦直後から一年九ヶ月間の、ビルマに於ける英軍捕虜としての私の記録である」と述べている。
祖国の為に戦うという目的を失った集団は、不潔な環境の中で、飢えと苛酷な労働に苦しむ。英軍が与える一日の食料の米の粉は一合にも満たない。飢えと風で夜も眠れない。病気、衰弱、事故などで終戦まで生きた仲間が死んでいく。目を逸らしたくなる悲惨さである。が、読み進むにつれて、人間の面白みが滲み出てくる。飢えを凌ぐ為の泥棒では英軍との知恵比べになって、日本に軍配が揚がり、日本人は泥棒の魔法使いだと言わせる。
また著者は出征時、随筆集『魚の歌』を持参したが、その秘蔵本を適砲火で焼失する。その後野戦病院跡で屍体の右手の先に、その本が落ちているのを見付ける。ためらった後、「いただいていきます。君に続けて僕が読みます」と口に出して告げる。永久に学問をすることを失った学徒と、したくてもできない現状にいる学徒との密やかな交流が美しい。
著者は英国人に強い憎しみを抱いている。しかし人種の批判は公正である。それは日本人種、ビルマ人種、インド人種に対しても同じで、そこに鋭い洞察と理解力を感じる。
著者の優れた分析能力、歴史学者の冷静な目、知性、それらが単なる記録を越えて、上質な読み物にしている。戦争を知らない世代の人にも、是非読んでいただきたいと思う。
名作読書会 上木千壽子
読書会おすすめの一冊。
紹介:アカデミー愛とぴあ