父の詫び状

一般書

投稿日:2008年6月10日

向田 邦子 作
文藝春秋社 2005年

父がどんな〈詫び状〉を書いたのか、それが分かり始めるのはかなりたってからで、最初のほうはもっぱら伊勢海老の話だ。
友人から貰った見事な伊勢海老を、〈どっちみち長くない命だから、しばらく自由に遊ばせ〉ているうちに、七、八年前にやはり伊勢海老を分けてもらった時に同じようなことをして、ピアノの脚に傷をつけてしまったことを思い出す。
やがて〈父の詫び状〉へと話が進むのだが、じつにさりげなく次の話題へと読者をいざなう。この展開の見事さ、ユーモアにあふれた文章。名エッセイとはこういうものなのだろう。
保険会社の地方支店長をしていた「私」の父は、宴会の帰りなどに、ほろ酔い機嫌で客を連れて帰ることがあった。ある日、そんな客の一人が玄関で粗相をし、その吐瀉物の始末を「私」がする。それを見ても、父はねぎらいの言葉をかけるわけではない。
ところが、東京に戻った「私」に父から手紙が届く。そこには「此の度は格別の御働き」と書かれてあった。不器用な父のそれが精いっぱいの感謝の気持ちだったのだろう。
こういう父親が私たちの世代の父親だった。家長として威張りちらしている手前、優しい言葉など口にできない。が、本心は人一倍子供思いの父親なのだ。
ここに出てくる父親は、わたしの父の姿と重なり、子供時代のいろんなことを思い出させてくれる。
栞読書会   青木笙子
読書会おすすめの一冊。
紹介:アカデミー愛とぴあ

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