夏の花

一般書

投稿日:2010年7月10日

原 民喜 著
集英社 1993 380円

原爆の悲惨さは言葉では言い尽くせない。どれだけ多くの言葉を費やしてみても、現実のほうが遙かに超えている。そうであっても、作家はあの無惨な人々の姿を書かずにはいられない。
原民喜はこう書いている。「原子爆弾の惨劇のなかに生き残った私は、その時から私も、私の文学も、何ものかに激しく弾き出された。この眼で視た生々しい光景こそは死んでも描きとめておきたかった」と。
〈私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。〉
この作品はこういう書き出しで始まる。「私」は墓に供えるために黄色い花を手にしている。
その二日後、「私」は原爆に襲われる。厠にいたため一命を拾った「私」は、地獄と化した光景に次々と出遭う。
〈男であるのか、女であるのか、殆ど区別もつかない程、顔がくちゃくちゃに腫れ上って、随って眼は糸のように細まり、唇は思いきり爛れ、それに、痛々しい肢体を露出させ、虫の息で彼等は横たわっているのであった。〉
〈川の中には、裸体の少年がすっぽり頭まで水に漬って死んでいたが、その屍体と半間も隔たらない石段のところに、二人の女が蹲っていた。その顔は一倍半も膨張し、醜く歪み、焦げた乱髪が女であるしるしを残している。〉
〈バスを待つ行列の死骸は立ったまま、前の人の肩に爪をたてて死んでいた。〉
むごたらしい光景を描いているにもかかわらず、不思議な静謐さが作品全体に流れている。それだけに原爆の怖さがよりいっそう胸に迫ってくる。
宮の下読書会   青木 笙子
読書会おすすめの一冊。
紹介:アカデミー愛とぴあ

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