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このページは、2007年11月13日 17:28に投稿された記事 秀吉と利休です。

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秀吉と利休


野上彌生子

新潮社 1992年 544円


 観光案内を見ると「大徳寺の三門(通称は山門)に利休は自分の木像を置いたので、秀吉から罪に問われて切腹を命ぜられたという因縁話はフィクションであり、今でも木像は安置されており歴史上の事実ではない」と書かれている。利休の死はいまでも謎となって、多くの創作や評伝が生れている。

 この物語は堺の豪商人でもあり、茶道の大成者でもある利休が堺の家での朝風呂の穏やかな描写で始まる。平素は京都聚楽第内に住み、茶頭にとどまらず、関白秀吉の政治のことまで相談相手になっている。秀吉にとって利休は、なくてはならない人であり、利休にとっても同じである。政治の場で天下の権力者である秀吉も、茶室で二人だけで向き合うとき、利休に威圧感を持ち、気後れを感じる。ある時、利休は朝鮮征伐の「唐御陣」計画に、「明智討ちのようにはいくまい」と義兄に口をすべらし、秀吉の耳に入り咎められ、秀吉のそのときの気分次第の勘気に触れ、切腹を命じられる。利休の木像は大徳寺の三門から引きおろされ、一条戻り橋のたもとで木像まで処刑された。

 野上彌生子は長編大作「迷路」を完成させた後、七十歳にして哲学を学び、市の哲学を追及し、利休の死を小説に書くべく膨大な資料を取り寄せ、七年の歳月を経て完成させた。

 人の心の二重にも三重にも潜む心の奥底の計り知れない動きを追求した作品でもあり、桃山文化の緻密な描写に作者の情熱を感じる。

             柏読書会           今村富子

読書会おすすめの一冊。

紹介:アカデミー愛とぴあ

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